瑪瑙

冬の雨は、寒くて、痛くて、誰の身体にも纒わりつかない、冷淡で孤独なものだった。

今、私は、誰にも見られることがないこの文章を書いている。社会のルールとか、身に付けておくべき常識とか、他人を軸にした価値観も、他人によく見られようとして習得したスペックも、必要最低限押さえておくべき身だしなみも、そんなものとは無縁の、貴女がただヘッドホンで音楽を聴いているその姿が、なんだか私にとって世界の全てのような気がしたんだ。私は貴女と出会うその前から、貴女と一緒にいる時の幸福よりも、貴女を失う恐怖の方が大きかったんだよ。気付いてないだろうけど、それは辞書に載っている「孤独」よりもずっと深い、138億年の孤独の中で私が感じていた唯一つの正直であったんだ。今、私が貴女の使っていたヘッドホンで音楽を聴くと、東京の人口は私ただ一人になる。独りになったんじゃない。一人になれたんだ。貴女が一緒にいる、という意味を含んだ大切な一人なんだ。

雨、都会の雑踏、私だけが知っている此処。

もう誰も使わない机の上に、美しく光る瑪瑙を一つ、置いている。