椿にナイフ

何も上手くいかなかった日の帰り道、とある若者の集団の大きな笑い声を聞いて、ふと、全ての人間が無理になった。

人間は、身体も、精神も、脆い。宇宙上最悪の肉体で、宇宙上最弱の精神で、僕たちは生まれてしまった。まだ世界の何も知らない頃、僕たちは皆平等だと信じていた。大人は皆ちゃんとした人間だと信じていた。大人になった今、僕たちは未だ世界という大きな小学校に閉じ込められている気がする。どれだけ歴史を繰り返しても何も変わらない僕たちは、少し手首をカッターで切っただけで、少し薬を多く飲んだだけで、ちょっとひとりぼっちになっただけで、死んでしまう、いとも容易く。そうやって人々が死ぬ姿は、きっと息を呑むほど美しいんだろうな、そうじゃないと僕たちの弱さの割に合わないよ。大きな笑い声を上げているあそこの集団も、メディアに囃し立てられるあの大金持ちも、何も無い僕も、同じなんだろうな。

何でもないいつもの帰り道に、血のように真っ赤な椿が咲いていた。冬の冷淡さとは裏腹に、僕に寄り添うようにたくさんの椿が咲いている。視界一面が美しい赤に呑まれた。僕は人間の弱さに囲まれているような気がした。それは力強く、宇宙をも飲み込んでしまうほど勇ましく、圧倒的な自信に満ち溢れていた。皮肉だな、人間の弱さは、何のためにあるのだろう。初めから強い生き物を作っていれば、神様もこんなに手を焼く必要がなかったのに。

哀れな僕たちを嘲笑う神様を、椿がじっと見つめていた。