2022-01-01から1年間の記事一覧

性愛

僕は彼女のことが好きではなかった。ただ彼女の身体が好きだった。芸術のような顔と体の比率、全てを飲み込んでしまいそうな大きな瞳、この世の幸福を詰めたような髪の匂い、抱きしめると泡のように消えてなくなりそうな華奢な胴、雪のような手足。触れてい…

ミモザ

あの味を、まだ覚えている。 ほんの少し肌寒さを感じるような時季に、田舎の海辺にある良さげな旅館に泊まったのを覚えている。職を失い、収入が無になり、先が見えず、現実が不気味に白かったその時季。1泊2日で行こうと、本当に突然と思いついて、泊まる当…

新宿と雨

午後6時、豪雨の新宿に、ギターを担いだ彼女は傘をさして立っていた。都会の光が雨に白んで幻想的な景色を生み出すなか、何という目的もなく、彼女はただそこにいる人間たちの有様を眺めていた。 限りなく行き交う人々、都会の喧騒、コンクリートを踏む音、…

沈む夏

ねえ、あなたは今、どこで何をしているの。 嘔吐くような夏の気配がまた押し寄せているんだ。いつまで経っても沈まない夕陽が、あまりに残酷で、こわくて、地球ごと僕を飲み込んでしまいそうだよ。 ベランダで一人、線香花火。 世界中の香水やアロマを探して…

雪那

今日も薬を飲んだ。自分で自分の世話をするのに精一杯だ。毎日連絡を取る相手はいない。毎日も話すことがないからだ。それでも連絡手段はいつまでもあって、"友だち"一覧からその名前は消えない。アイコンが私に微笑んでいる。本当に微笑んでいる相手は私で…

独白

友達はいる。親友と呼べる人も何人かはいる。孤独じゃなかった。そう確信していた。でもそう思い込んでいただけだった。孤独じゃない振りをしていた。本当は孤独だった。嘘と虚栄で塗り固めた人生は、僕と世界との間に壁を作った。ずっと独りで生きてきた。…

真夜中の観覧車

宇宙一きれいな冬の夜空と海面の静寂が合わさった時、その観覧車は現れる。近くに行けば真上を見上げるほどの大きさで、一晩かけて一周する。真夜中にしか動かない、大きな大きな観覧車。それにあなたと二人で乗ろう。一晩かけて、一生分の話をしよう。 ゆっ…