新宿と雨

午後6時、豪雨の新宿に、ギターを担いだ彼女は傘をさして立っていた。都会の光が雨に白んで幻想的な景色を生み出すなか、何という目的もなく、彼女はただそこにいる人間たちの有様を眺めていた。

限りなく行き交う人々、都会の喧騒、コンクリートを踏む音、休む暇もなく動き続ける電車の音、無数のバスが停る音、何かを求めるように歌う路上シンガー、紙の束で食いつなぐ家なき者、性欲に溺れる者、色欲を利用する者、人生に絶望した者、これから人生が始まる者、上級国民紛いのただの歯車、神様気取りのただの金持ち、自殺を試みる者、自殺を止めようとする者、それらを覆うビル群、雨、傘、彼女。ここには、人間の全てが詰まっている。

新宿の雨には、生臭い人間の臭いが染み込んでいた。新宿の音には、生々しい人間の生活の音が混じっていた。数え切れないほどの遣る瀬無さと、余りにも重すぎる責任が、彼女のギターケースの中に入っていた。

暫くして、彼女は傘を投げ捨てた。ギターを取り出す。ストラップを肩にかけ、ピックを持ち、大きく息を吸い、最初の弦に魂を吹き込んだ。

言葉にならない言葉を、彼女は叫んだ。

叫んで、叫んで、叫んだ。それは彼女が背負ってきた、人間というものの重さだった。人々の足が止まる。唖然とする人。スマホを向ける人。見て見ぬふりをする人。誰にどんな言葉が届いているのかも気にせず、彼女は今まで経験した全てのことをそこで発露した。

 

新宿の夜に雨が降り続く。都会の光が滲む。彼女がそこで叫んだのが嘘だったかのように、人々はアスファルトを蹴り続ける。