蒼穹

僕がもう死にたいと思った時、必死になって生きる理由を見つけることがある。それがたとえどんなに下らないことであろうとも、僕にとってそれは、小学生にとっての夏休みのような、大地にとっての雨のような、輝きと潤いを与えてくれる大事なことだった。あそこの喫茶店のハヤシライスが美味しいからもう少しだけ生きてみよう。夏から秋に移りかわる瞬間のあの風の匂いを嗅ぎたいからもう少しだけ生きてみよう。あの歌をまだ聴きたいからもう少しだけ生きてみよう。あなたとまた海に行きたいから、もう少しだけ、生きてみよう。無能でもなく感傷的過ぎない僕がいる世界線で、家族も、あなたも、僕も、一体どんな人生を送るのだろう。空は驚くほどの快晴で、感傷的過ぎる僕が立ち止まって空を見上げている隙に、感傷的過ぎない僕は何も気にせず横断歩道を渡るのだろう。小さい子どもが一人うずくまって泣いている傍で、感傷的過ぎる僕が何もできない自分に哀しんでいる間に、感傷的過ぎない僕はそっと子どもに話しかけるのだろう。決して知ることのないもう一つの世界線を死ぬことで垣間見れるのなら、見たくはないから、まだ、生きてみようと思える。

それでもまだ死にたい現世で、僕はまた眠る。