透明な自傷

嗅覚を司る脳の部位は、記憶を司る脳の部位と近い場所にある、らしい。

 

蝉が鳴き止んだ。

9月の後半から10月にかけての空気の色は、匂いは、僕の頭部を壁へと打ちつける。

(今まで何度同じ失敗をした?)

(今まで何度同じ過ちを犯した?)

僕の頭部は思ったよりも頑丈で、頭皮はコンクリートよりも固く、頭蓋骨はダイヤモンドよりも硬かった。

永田町に爆弾を仕掛け、六本木を糞塗れにしたいような感情だった。キミは僕の全てを破壊し、そしてキミは僕の全てを創りあげた。世界中の誰よりも僕はキミを憎んでいた。いっそキミのその細く白い首を絞め、血液の流れが止まり体温が消えてゆくその生々しい瞬間までを、僕の手で感じたかった。キミが世界の中心にいるような、そんな気がした夜だった。

 

それでも秋の東京は見て見ぬふりをして、何十人の下らない女と即席の愛を交わす。

嘘で出来上がった夜の東京で、その部屋は静寂に包まれ、その身体は1mmも動かなかった。

 

僕は、僕が、分からない。

徐に袖を伸ばしてリストカット跡を隠すあの子のくすんだ存在の様に、現実に自分の存在意義を見出せないまま魂をネットへと売るあの男の様に、

10月の空気の様に、

僕の存在は、透明化していた。

 

 

2020年10月1日午前五時、新宿歌舞伎町にただ一人。