タネから芽が顔を出し、芽は成長して蕾をつけ、やがて蕾は花を咲かせ、そして花は散ってゆく。この変化は不可逆であり、時間もまた不可逆である──────
「つまらない」
少年は呟いた。
「何が?」
少女が純粋無垢な顔で尋ねる。
少年は応えない。
時計の針は午後5時を指している。古びた木造の殺風景な部屋。換気扇の音だけが虚しく響き渡る中、少年と少女は、どこを見つめるというわけでもなく、ただ何も言わず佇んでいた。
そこにあるのは土が盛られた植木鉢ひとつ。芽はない。種が植えられているかどうかも分からない。
「シュレディンガーの種」
少年がボソリと言った。少女は何も言わずに鉢を抱えた。部屋には小さな窓がひとつ。鉢を抱えたまま少女は窓の外を眺めた。
少女は語りだした。
「線形な私たちは、線形なこの世界で、線形な生き方をして、ただ死んでゆく。つまらないよ、確かに」
少女はため息をついた。
「でもね、彼らは教えてくれた。私たちに。解決の方法はあるって。そのための道具として、これをくれたんだ」
少女は鉢を抱きかかえる。大切そうに、でも、どこか哀しい眼をしている。
部屋の外に人類はいない。いや、人類だけではない。ありとあらゆる、かつては存在していた生命体すべてが、消え去っている。ただ広がるのは、どこが地平線かも分からないような、砂漠のような景色ばかり。
時計の針は午後4時を指している。
少年と少女は、非線形なこの部屋で、非線形な鉢を抱え、非線形な時間を弄んで、ただ生きているだけ。
──────ただ、生きているだけなのに
花は散った