手癖

今この世界に存在する言葉だけで僕の本当の考えが伝わるのなら、どうかその方法を教えてくれ。

路上で歌う若い男の横を通り過ぎ、ポツポツと光る都会の灯、閉まるスターバックス、残業終わりらしき沢山のスーツたちに囲まれ、無味乾燥な電車に揺られ、でかいイオンがあるようなちょっと郊外の、街灯がそれとなく光るちょっと田舎の、そんな帰り道でも、君と帰ったならきっと海にでも行くような、そんな気持ちになっただろう。結局帰りはコンビニ寄って、体に悪いと知りながら無言の部屋で弁当を食べるのだろう。

考えたんだ。君と帰る家は家賃4万6千円の狭いアパートで、玄関に靴棚がないような、風呂トイレは別だけど洗面所がないような、電気のスイッチの場所がちょっとおかしいような、そんなところにしよう。ボロくてもいい。汚くてもいい。サブカルバンドの歌詞にあるようなクサいストーリーに、潔癖症の僕を連れ込んでくれよ。部屋干しされた洗濯物の下に、空になった日清のカップ麺とちょっと残ったスト缶を置いて、部屋の電気を全部消しても窓から差し込む月明かりでほんのり周りが視認できるような、そんな夜に君と寝よう。ベッドは壁側がいい、僕はあまりトイレに行かないから。そう言っていざ壁側で寝ると、ほんとは君が壁側の方がお互い寝やすいことに気づいて結局入れ替わるのだろう。窓から入るそよ風が気持ちよく当たる。月明かり、風の音、君の匂い。ああもう僕は、このまま世界が終わっても後悔はない。きっとそう思うのだろう。

誰も触れることができなかった僕の世界にヒビを入れてくれよ。誰も暴けなかった僕の嘘を暴いてくれよ。誰も裁くことができなかった僕の罪を────

僕には結局、独りが合っている。今までずっとそうだった。僕は独りでいるときが一番自分らしかった。独りでいる限り誰も僕の邪魔をしないし、誰も僕の嘘を暴けないし、誰も僕の罪を裁けない。そして、誰も傷つくことがない。でも、例えば贅沢を言っていいのなら、僕の手癖を治してくれるあなたが欲しい。僕の手癖が治れば、なんだかこの世界のどんな問題も解決しそうな気がするから。それは僕自身ではなくて、あなたが治してくれないと意味が無い。あなたが僕の世界に入り込んでくれないと意味が無い。嘘と罪だらけでエグいほど汚れた僕を唯一許してくれるようなあなたじゃないと、くだらなくて甘え切った僕を唯一抱きしめてくれるようなあなたじゃないと、そして、世界の誰よりも僕を怒ってくれるあなたじゃないと、僕の涙の本当の意味は誰にも分かることはないから。

そんなことを言っている間にも、またいつもの手癖が出てしまった。早く、現れてくれませんか。